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大将のひとりごと

岐阜県岐阜市の出前すし専門店 あっと鮨 です。 ここでは、ホームページ内ではご紹介し切れない おすしの話や、大将の日常を、綴って参ります。

   

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アメリカでの仕事 

 今から20年も前の話ですが、

この出来事が無かったら今の私もお店も

存在しないと思うのでお話します。

よろしかったら、お付き合いください。


 私が、アメリカのフロリダ州へ渡ったのは、

1988年(昭和63年)5月

ちょうど、ぎふ中部未来博が行われていた年です。

当時の私は、まだ25歳の怖いもの知らずでした。

私にアメリカでの仕事を紹介してくれた友人夫妻と

私、そして当時の妻の4人で出国しました。

 アメリカでの仕事と言っても、就労ビザも無く、

観光ビザで入国してオーバーステイ(不法滞在)する

といった強引なやりかたでした。

英語が話せるわけでもなく、仕事先のお店の

情報も無く、ただ”仕事がある”というだけで

アメリカへ向かいました。

 アメリカでの私たちの受け入れ先のオーナーは

台湾人で、しばらくの間そのオーナーの自宅で

お世話になっていたのですが、

アメリカに居るはずなのに聞こえてくる言語は

中国語ばかり、、、

『これは、とんでもないところに来てしまった。』

と言うのが、最初の印象でした。

やがて仕事先が決まり、

フロリダ州の州都タラハッシーという町にある

『LUCY HO'S』 というお店の本店で働く事となりました。

 英語の話せない私は、すしの仕事には付けず、

キッチンの仕事を任されました。

もともと、和食割烹料理店で修行した経験があるので

てんぷら、てりやき、鍋料理といった裏仕事には

慣れてはいましたが、やっぱり表に立つ仕事がしたい、、

それには、英語が話せないとおはなしになりません。

私は、アメリカ人の友人を作り、日本語を封印

英語だけの生活を心がけました。

そして1年、少しアメリカ人との会話が

出来るようになっていました。

 最初の表舞台は、鉄板焼

アメリカで鉄板焼といえば 『紅花』

が有名ですよね!

そう、包丁をくるくる回したり、パフォーマンスをするんです。

つたない英語と日本人特有の器用さを活かした

パフォーマンスでお客さんは、大喜びでした。

そして、3年が過ぎた頃

やっと『すしバー』に立つことが出来たのです。

すしのカウンターは、鉄板焼と違いごまかしが

利きません。

ちゃんとお客様とお話が出来ないと

仕事にならないのです。

日本のすしカウンターのように、

すしバーへ来るお客のほとんどが板前との

会話を楽しみにしてくるのです。

すしバーには、いろんなお客様がみえます。

フロリダ州の州知事、アメリカンフットボールの

スター選手、日本人のプロゴルファー

(岡本綾子、小林ひろみ、服部みちこ)選手なども

おみえになりました。

 この岐阜の片いなかで尚且つ出前専門といった

現在の私の商いでは、

到底縁の無いような有名人をお相手できたのは、

私の中での宝の一つです。


                       次回 アメリカでのすし





























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