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大将のひとりごと

岐阜県岐阜市の出前すし専門店 あっと鮨 です。 ここでは、ホームページ内ではご紹介し切れない おすしの話や、大将の日常を、綴って参ります。

   
カテゴリー「すしの歴史」の記事一覧

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すしの歴史6~すしの多様化、現代のすし~

 江戸時代の頃から始まった握りずし、

そのころのネタに、生のものが無いのは

想像がつくことでしょう。

酢じめ、昆布じめ、づけ、煮しめなどの

現代のすし店の基本的な仕事のほとんどが、

このころ考案された仕事です。

生ネタが、お目見えするのは明治時代に

なってから、特に氷冷蔵庫が出現する

明治30年代には、生ネタを長時間保存

できるとあって、生ものオンリーに拍車がかかり、

すし本来の保存食的性格は、次第に忘れられて

電気冷蔵庫、冷蔵ネタケースなどの普及によって

現代のようなすし店の形が出来上がって

いったようです。

 そしてさらに、1980年代頃には、アメリカをはじめとする

海外での「すしブーム」、

90年代にはすしロボットの出現により

これまでは熟練の職人の仕事であった

「すしを握る」という仕事が機械でも行われるようになり、

スーパーマーケットや回転寿司店

などで大量に生産されるようになってきました。


 すしの多様化が進み、

「すし」という食品に対する消費者の

価値観も大きく違うようになってきた現代、

今後も進化し続けるであろう「すし」にたづさわる一人

として守るべき仕事は守り、新しい仕事も受け入れつつ、

すし文化と共に歩んで行ければと願います。




















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すしの歴史5~早ずし、そして江戸のすし~

  下等な食べ物とされていた熟れすしが、

生成れのすしに進化を遂げ、

将軍家が召し上がるほどのご馳走に出世して

すしが有名になりはじめると、熟成を待たずに

食べられるすしが、要求される様になってきました。

魚や飯、あるいはその両方に酢を混ぜる事により

熟成を助けた、早ずしです。

早ずしの誕生が、箱すしや、後の握りすしへの

発展の大きな役割を果たしたようです。

江戸時代のはじめごろ、大阪より広まった

とされるコケラずし(箱すし)が流行り、

すしは庶民のもとへ戻ってきました。

同じ頃、揚げ豆腐を

使った稲荷すしも流行していたようです。

そして、

いよいよ握りずしの登場となるわけですが、

握りずしの起源説は数多く存在するようなので

一般説として

文政の初めごろと言っておきます。

その後、江戸のすし屋のすべてが、握りずしに

転向していったようです。

その頃のすし屋の様子は、今で言う 「ファーストフード」

たこ焼きやさんのように、屋台で売られて、

すしを串でさして食べていたようです。

もちろん店内食の店もあったようですが、

屋台のお店が、庶民的で、主流だったようです。

屋台のお店で、お客がすしを立ったまま食べていたのは

容易に想像できますが、握り手のすし屋の方は

座ってすしを握っていたそうで、そのスタイルは

昭和のはじめごろまで続いたようです。


           次回 すしの多様化、現代のすし








すしの歴史4~熟れずしから生成のすしへ~

  熟れずしが、日本最古のすしの形であり、

すしの始まりである。という話をしたと思いますが、

熟れずしなるものは魚を保存する事を目的として

つくられており、魚を漬け込むのに使われた米は

捨てられていました。

そんな熟れずしが変貌を遂げるのが、

鎌倉時代から室町時代、公家や武家が残した諸記録

から見られる生成れ(なまなれ)のすしです。

 生成れとは、未熟、未完成の意味で、

熟れずしが1年もしくは、それ以上の熟成期間に対し

生成れのすしは10日ほどで、半生のような状態で

漬け込むのに使った米もいっしょに食していたようです。

その代表的なのは鮎ずし、徳川幕府の将軍も

代々献上を受けていたという記録が残っています。

        
       次回  早ずし、そして江戸のすし

 

すしの歴史3~日本最古のすし~

 前回は、と云う文字が使われ始めた時期や、

すしという言葉が使われるようになった時代について

調べてみましたが、それらが本当に現代に伝わるすしに

つながる物だったと言えるのか、私の調べた限りでは、

はっきりとした答えを見出すことは出来ませんでした。

しかし、中国から伝わったとされる、シシビオ(魚の塩辛)を

はじまりとして塩と米を使って魚を漬け込んだ

熟れすし(なれすし)につなげるのがもっとも

有力な説のようです。

この熟れすしには、千年以上も前から伝えられている

とされる製法を持つ近江の鮒ずしが有名ですが、

それよりも原始的な製法でつくられる

どじょうずしというのが現在も存在していて、それが、

今の私たちが見て

味わえる最も古いすしの形であると言えそうです。

いずれにしても、熟れずしというのは、

魚を塩や米で漬け込んでその自然発酵によって

生じる乳酸の酸味で魚の腐敗をおさえる

保存食であった事に変わりないようです。

     次回 熟れずしから生成(なまなり)のすしへ







すしの歴史2~すしのはじまり(語源)~

 前回 という文字は、中国で生まれた。

というお話をしましたが、日本では8世紀のはじめの頃

「養老律令」という法律書の中に記された雑鮨

という文字が最も古い文献になるようです。

ただしそれをなんと読んだのか、

またどんな食品であったのかは、

未だに解明されておりません。

では、すしの語源は何なのか、、、

これについては、

いろいろな説があって私も本を読めば読むほど

分からなくなってしまうので、

例として挙げさせて頂きます。

一、中国から伝わった鮨の文字をサシと読んだが、
   すしと変化した。

二、押し付け覆うという意味の、押日(おすひ)が、
   なまっておすしとなった。(天平5年733年)

三、単に味が、すっぱいので「酸し(すし)」と呼んだ。
                   (元禄12年1699年)

四、スは押す、シはの義。スシは石をおもりに
       置くから。                       (寛文2年1662年)


 しかし、それぞれの説の時代背景は、

ばらばらなので実際のところ

はっきりしていないのが、実情です。

  
                    次回 日本最古のすし

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